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超一流(ソープ選手)と凡人

2003年6月11日

宇佐美 保

 インターネットの楽しみの一つには、ホームページを次から次へと乗り移って行く「ネット・サーフィン」があります。

最近、「町田市トライアスロン連合」のホームページ(http://www.aa.alpha-net.ne.jp/iguosan/)のリンク先欄に、私のホームページを貼って下さいました。

そして、そこでの当方以外のリンク先を見ましたら、Yummyのホームページの「Athelate達の泳ぎ(http://www.yum.to/mas_ath/athlete/athlete.html)」という大変興味深いページが紹介されていました。

 

 そこには、なんと今世界最高のスイマー「イアン・ソープ」の泳法がアニメーションとなって紹介されていたのです。

そして、このイアンソープアニメーションを見て、ソウルオリンピックバタフライ代表の三浦広司氏が次のように解析していました。

 

キックの解説

ソープのキックは膝からキックを打っているので力強いのですが
使用している筋肉量が少ないので、早く疲労してしまうように思います。
ソープは足が大きいし並外れたパワーと体力があるからあれでOKなのだと思います。
膝からキックを打つと脛から足首しか水を捕らえてない分推進力は少ないと思うし体も浮いてこない。だからソープは腰の位置が良くないと思う。
パーキンスの方が足の付け根からキックが打てているし滑らかな動きなので腿から水もしっかり捕らえられると思う。(水を捕らえる量が多いと思う)足も付け根から動いている分、大筋郡の筋肉の使用量も多いので疲れが少ないと思うし腰の位置も安定しているし浮いている。(2人の腰の位置を比較してみてください)浮いているからボディーポジションも良くなる。だから抵抗が少なくなる、だから速い

 

 でも、残念ながら、この三浦広司氏の解説には納得出来ませんでした。

と申しますのは、この三浦氏の解説では、一般論の域を出ていないのです。

なにしろ、ソープ選手は、テレビ番組(「ナンダ」)に出演して、“自分は他人の泳ぎを参考にしない、何故なら他人の泳ぎを真似ていたら、他人を凌駕するのは難しい。だから自分独自の泳ぎを確立するのだ”と話していたのですから。

 

 そこで僭越ながら、凡人の私がこの三浦解説の反論を書きたいと存じます。

三浦氏は、ソープのキックを、「膝からキックを打っている……分推進力は少ないと思うし体も浮いてこない」と非難されています。

反面、パーキンス選手(シドニーオリンピック1500M自由形銀メダリスト)の泳ぎを「足の付け根からキックが打てている……腰の位置も……浮いているからボディーポジションも良くなる。だから抵抗が少なくなる、だから速い」と称えておられます。

 

 でも、三浦氏が認識されているように、ソープ選手の足は大きいのです、まるで、ダイビングなどに使用するフィンそのものです。

(私の記憶では、38cmだったと思います。)

そして、私の数少ない体験では、フィンを付けてのキックは、パーキンス選手のような「足の付け根からキック」ではなくて、ソープ選手の「膝からキック」が有効なのです。

何故なら、フィンの驚異的な推進力の源は、フィン自体の「しなり」に在るからです。

足の付け根からフィンを大きく動かしたら、フィンの抵抗が莫大です。

フィンの外周部には余計な渦(余計な抵抗)も発生してしまうでしょう。

それだけ苦労しても、一度のキックではフィンの「しなり」も一度しかないのです。

だから、ソープ選手のアニメに見ますように、足首を柔らかくして、膝からキックを打つことが重要なのです。

 

 更には、「腰の位置も……浮いているから……だから抵抗が少なくなる、だから速い」との解説も一般論的です。

体の抵抗は、水面に浮いているより、水中の方が少ないのです。

鈴木大地選手のソウル五輪での優勝は、スタート時30mの水中バサロキックのお陰だったはずです。

 遠い昔、平泳ぎの古川勝選手等が、潜水泳法で世界を席巻したものです。

そして、何よりも、ソープ選手の全身は水の抵抗の少ない水着で覆われているのです。

 

 次は腕の掻き(ストローク)についての三浦氏の解説です。

ストロークの解説

1)23コマめ右手・右肩・胸・腰・足まで1直線になっているのに対し左手は1〜3コマめの間で1直線になる事が無い。(右手に比べて左手の方がスピードに乗りにくいと思う)

2)左手が伸びている時は左肩下がりだから右の腰(キック)が入らないと体軸(歩
く時と同じ)が出来ないために腰が落ちる。

3)4〜10コマめまで肘が動かないという事はソープの左手はストロークを体の外側をストロークしていると思われる。(4〜10コマで左手は外側へスライドしている。)

4)11〜16コマめまでで肘から下の長さが急に短くなる。それはロールする事により体の外側にあった左手が体の中心に入ってくるためだと思われる。(ここで胸に力が入ってくると思う)

5)右手は肘が止まっているのは25〜27コマめまでと短いという事は28コマめからは胸に力が入って体の中心線をストロークしているのではないかと思われる。(左右共に体の中心を長くかいた方がスピードに乗りやすいと思う)

6)両手共に同じ位置に入水するのは流石世界のトップクラス。ただし右手入水後(25コマめ)が1番抵抗が無くスピードが出ているのではないかと思われる。

 

 更には、このページには、ソープ選手の泳法の正面からのアニメも見ることが出来、そこには、多分三浦氏以外の方が書かれたと思われる下記のコメントも載っていました。

ソープというのは、皆さんも知っていると思いますが、両サイドでの呼吸ができます。一番ライバルと考えている人を見ながら泳いでいくんですが、そのせいなのかちょっと呼吸が長いんです。呼吸の時に伸びている手は反対に比べて0.2秒ほどグライドが長く、その時に体が少しだけ落ちてしまいます。

呼吸を少し短めにしてグライド時間を短くすればストロークのタイミングは同じになり、キックのタイミングも合ってくると思います。そうしたら、もっと記録が伸びるかも?(^^)

 

 どうも、この三浦氏の解説が、おかしいのです。

左手が伸びている時は左肩下がり……肘が動かないという事はソープの左手はストロークを体の外側をストロークしていると思われる……肘から下の長さが急に短くなる。それはロールする事により体の外側にあった左手が体の中心に入ってくるためだと思われる。」

三浦氏は、バタフライの泳者であるが為に、クロールの大事な「ローリング」(体の軸を中心に、腕の掻きと連動して、体が左右に回転する)を、ご存じないのでしょうか?

(それから、「ハイエルボー」をお忘れなのでしょうか?そんな事はない筈です。バタフライの手の掻きでも、ハイエルボーの筈ですから。)

 

 先ず、「左手が伸びている時は左肩下がり……」の件は、「左手が伸びている時は、右手を掻いているのですから、当然、ローリングの結果、「左肩下がり……」となって当然なのです。

更に、「肘が動かないという事は」ハイエルーボー(肘を殆ど水面の高さに維持したまま掻く)の結果です。

決して、三浦氏の解説する「ソープの左手はストロークを体の外側をストロークしていると思われる」からではないのです。

この点は、「ソープ選手の泳法の正面からのアニメ」からはっきりと確認出来ます。

 バタフライ泳者の三浦氏は、スカーリングに関しては、クロールも、バタフライ同様に、胸腹面がプール底面と平行面にある状態(ローリング前)で行うと勘違いしているようです。

となりますと、バタフライ同様にスカーリングでは、「手の平は」外に向かわなければなりません。

即ち、三浦氏は、このバタフライ同様なスカーリング終了後に「ロールする事により体の外側にあった左手が体の中心に入ってくるためだと思われる」と解説されてしまっているようです。

 

 このような三浦氏の勘違いは、此も又、「ソープ選手の泳法の正面からのアニメ」から、検証されます。

 

 更に付け加えますと、三浦氏は「……右手・右肩・胸・腰・足まで1直線になっているのに対し左手は……で1直線になる事が無い。(右手に比べて左手の方がスピードに乗りにくいと思う)」又、ページの執筆者は、「呼吸を少し短めにしてグライド時間を短くすればストロークのタイミングは同じになり、キックのタイミングも合ってくると思います。そうしたら、もっと記録が伸びるかも?」と書いていますが、私は、この執筆者の見解には反対です。

敢えて書くなら、逆に、呼吸の反対側の掻きを、呼吸側と同じだけ長く(完全に)すべきかと存じます。

 

 それにしましても、日本水連の東島氏をはじめ、日本の水泳の関係者は科学的思考に欠けていると存じます。

東島氏は、如何なる大会でも、如何なる選手に対しても、テレビ解説の時、まるで馬鹿の一つ覚えのように“この選手の良さは「ハイ・エルボー」”と称えます。

しかし、東島氏はこの「ハイ・エルボー」の有効性に関して、その科学的な根拠を認識されているのでしょうか?

 1ストローク(手の掻き)の前半は「スカーリング」後半は「プッシュ」的な役割を演じますが、その際に生じる推力の大半は「手の平」に掛かる力に因るはずです。

となりますと、「手の平」に掛かるトルクは、「手の平に掛かる力」と「手の平までの体の支点からの距離」の積になります。

従って、「ハイ・エルボー」の場合、肘の位置を固定していますから、この「肘からの距離」がトルクに関わる距離となります。

一方、手を伸ばしたまま掻けば、「肩からの距離」が問題の距離となります。

ですから、「ハイ・エルボー」の場合は腕を伸ばしたまま掻いた場合に比べて、約二分の一の負担で済む事がわかります。

 

 又、掻きの後半部分のプッシュに於いてもほぼ同じ事が言えます。

それと、三浦氏が“左右共に体の中心を長くかいた方がスピードに乗りやすいと思う”と書かれていますが、この効果は腕を伸ばしたままでは発揮されません。

「ハイ・エルボー」の肘の位置を保ったまま、「手の平」を体の中心部に持ってきてから発揮される効果です。

その効果の一つは、通常は「手の平」の両側から水は逃げて行きますが、体近くに「手の平」を持ってくれば、「手の平」の身体側からの水の逃げは少なくなります。

(バタフライの場合は、体中心部で互いに合う「手の平」同士の間から逃げる水が少なくなります。)

更には、人間の身体構造から、「手の平」が身体に近い程、「手の平」への力を入れ易くなります。

 

 このような理由で、「ハイ・エルボー」を保ち腕を掻くことが体への負担が少なくなるのです。

従いまして、短距離の場合は、「ハイ・エルボー」であるがなかろうが、体への負担が多かろうが小さかろうがは、大きな問題ではなくなります。

 

 ですから、同じくこの有意義なホームページに紹介されている「アンソニー・アービン選手(00'シドニーオリンピック50M自由形金メダリスト)」は、50mの際は腕を伸ばしたまま泳ぎ、100mの場合に「ハイ・エルボー」で泳いでいるのでしょう。

 

 そして、ソウルオリンピックで5つの金メダルを獲得した短距離水泳の巨人マット・ビオンディ(注)の“泳ぐときは、ただ一つ、「手の指がいつもプールの底に垂直に向いていること」だけを心がけている”との談話が、私の衰えた記憶の中から浮かび上がってきます。

(注:http://www.tv-asahi.co.jp/w-swim/ANB/road/athlete.htmlには、ビオンディの足は大きく32cmと紹介されていますが、この大足のビオンディの足よりも、未だずっとソープの足は大きいのですから、呆れるより他はありません)

 

 腕力さえあれば、「ハイ・エルボー」であろうがあるまいが、大きなお世話の世界となるのでしょう。

私がまだ28、29で力だけは豊富だった時、会社勤めの帰りに、横浜野毛山公園の50mプールで、ウォーミングアップもせずに力任せに1500mを泳いでいました。

そして、その際は,水のキャッチ、ハイエルボーなど一切水泳の用語もテクニックも知らず、腕を真っ直ぐにしたまま水を掻き切っていました。

 なにしろ力任せ馬力任せですから、800m辺りからは、肛門の括約筋が弛み、直腸へはプールの水が出たり入ったりする状態になりました。

でも、力任せ馬力任せで1500mを泳ぎ切っていました。

そして、ほとんど疲れませんでした。

記録は、大体、18分台でした。

ですから、「フジヤマのトビウオ」程度では泳いでいたのです。

 ところが、それから15年も経過した後、1500mを泳ぎますと、肛門の括約筋が弛む、ずっと前に、頭が痛くなってきてしまい、27、8分で泳ぐのがやっとなってしまいました。

(今では、1500mを泳ごうという気すら起こりません)

 

 力さえ馬力さえあれば、ある程度のところまでは行けましょう。

でも、それだけです。

とても、ソープ選手の領域には近付けません。

(まあ、フィンとして機能する足の甲の長さを比べただけでも、私達の倍くらいあるのですから、他は推して知るべしです。)

そして、何よりも凄いのは、ソープ選手は自らの泳法に対して、独自の見解を持っている事です。

 

 かって、あるテレビ番組で、もとプロ・テニス界でそこそこ活躍した松岡修三氏が“800メートルという長い泳ぎの中でソープサンは何を考えて泳いでいたか知りたいのです。歌を歌っている人とか色々いるではないですか?”と質問しました。

ソープ選手は“頭の中はニュートラルな状態にして泳いでいる。雑念があるとその分エネルギーを消費してしまいますから。自分のストロークのこと泳ぎのことだけを考えている”と答えました。

(世界の超一流と、世界でそこそこだった選手の差が如実に出ている問答のように私は感じました。)

 

 このソープ選手の“自分のストロークのこと泳ぎのことだけを考えている”との言葉は大変重要なのです。

先のホームページに於けるソープ選手の前方からのアニメーションでは、ソープ選手のローリングの見事さが拝見出来るのですが、このローリングに於いても(又、ハイエルボーにしても)外見だけを真似しても「仏創って魂入れず」となってしまいます。

(ローリングすれば、手の掻きが体の中心線を通るとか、腕をリカバーする(前方に戻す)際、肩が水の上に出やすいとか、そんな表面的な事だけではないのです。)

ローリングは全ての体の動作が泳ぎに対して的確に動作した結果なのです。

この動作を全て的確に行う為にソープ選手は長い泳ぎの中で自分のストロークのこと泳ぎのことだけを考えている即ち、常に一掻き一掻きを如何に効率良く掻くかに没入して泳ぎ続け、更には、先のテレビ番組で”ソープ選手にとって世界記録とは?”と問われた際に、”世界記録とは自己ベスト”と答える迄の境地に到達しているのです。

 しかし、これほどの境地に到達しているソープ選手なのですから、全身を水抵抗の少ない水着で覆うことなく、一般選手同様の水着を着用して記録を争って頂きたいと凡人は思うのです。
更に付け加えるなら、若しソープ選手の国籍が日本であったなら、ソープ選手の全身を覆う水着は、彼が最初に世界記録を出した時点で禁止になっていたかもしれません。

 

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